豪州、政権が恐れていた原潜取得計画への不満が政治問題化する勢い
米英豪の国防相は「豪州が取得するバージニア級原潜を中古艦のみに変更する」と発表したが、この変更はAUKUS協定に不満をもつ人々に火をつけ、もはや「3,680億豪ドルもの費用がかかるAUKUS協定=原潜取得計画は本当に必要なのか?」という政治問題化する勢いだ。
参考:Second-hand Virginia-class submarines were Australia’s first pick for AUKUS 参考:Australian ex-minister launches crowd-funded inquiry into Aukus submarine deal
米英豪が締結したAUKUS協定の協力範囲は「原潜調達分野における協力=Pillar-I」と「先端技術分野における協力=Pillar-II」に分かれ、前者には豪原潜取得支援や原潜建造・保守に関わるサプライチェーンの構築、後者には先端技術(極超音速ミサイル、サイバー、AI、量子など)の共同開発が含まれており、米国のヘグセス国防長官、英国のヒーリー国防相、豪州のマールズ国防相はアジア安全保障会議が行われているシンガポールで「AUKUS協定のPillar-IIの下でセンサーや兵器システムといった無人潜水艦=UUV向けペイロードを共同開発する」と発表した。
New defence deal secured 🇬🇧🇦🇺🇺🇸
Today, we announced the first ever AUKUS pillar 2 signature project.
Backed by over £150M, our new weapons and sensors for undersea drones will secure the High North and Indo Pacific.
We’re full steam ahead on AUKUS. pic.twitter.com/Bs32ROjHnj
— John Healey (@JohnHealey_MP) May 30, 2026
さらにAUKUS協定のPillar-I=豪州の原潜取得に関する計画にも変更が加えられ、従来のロードマップでは2027年頃を目処に米英の原潜が西オーストラリアでローテーションを開始、この取り組みを通じて豪州は原潜運用に不可欠な産業基盤や能力を確立、2030年代に米国からバージニア級を3隻購入、2040年代に米戦闘システムを搭載する英国設計のAUKUS級原潜を取得する予定で、米国から購入するバージニア級については2032年と2035年に米海軍が運用した中古ブロックIVを移転、2038年に新造艦のブロックVIIを売却、さらにAUKUS原潜の開発・建造に問題が生じた場合はバージニア級を追加で2隻売却する約束だった。
共同声明は「豪州はサプライチェーン管理、運用および保守要件を簡素化し、コスト効率を最大化することでバージニア級調達を合理化し、中古艦ブロックIVと新造艦ブロックVIIの組み合わせではなく中古艦ブロックIVを3隻取得する」と説明し、米国からの原潜取得をブロックIVに統一することで運用・保守の簡素化=ライフサイクルコストの圧縮を強調したが、豪国営放送のABCは「この変更によってバージニア級の調達や運用・保守の費用が大きく圧縮できるが、原潜取得計画全体の費用に大きな違いはもたらさない」と報道。
出典:U.S. Navy photo courtesy of HII by Ashley Cowan
影の国防大臣を務めるジェームズ・パターソン上院議員は今回の方針転換について「政府からの適切な説明が求められる」「この変更は共同声明のたった一文で済まされる問題ではない」「なぜこのような変更が行われたのか、そしてそれがどのような影響を及ぼすのかについて今週の上院予算委員会で国防省に説明を求めるつもりだ」と言及。
豪戦略政策研究所(ASPI)のマルコム・デイビス氏もABCの取材に「調達する3隻を同型艦に統一するのは賢い選択だが、米造船所が生産率向上に苦戦しているためオーストラリアへの潜水艦売却に同意する保証はまだない」「現在も最大5隻のバージニア級をオーストラリアに売却する用意があるのか、それとも現在は3隻までに制限されているのかを明確にする必要がある」「もし後者なら中古艦3隻で我慢するしかなく、AUKUS原潜の納入が遅れれば我々は潜水艦戦力の空白リスクに直面することになるだろう」と指摘。
出典:Secretary of War Pete Hegseth
インド太平洋地域に関する国防・安全保障の専門家=ユアン・グラハム氏も「マールズ国防相の説明は理にかなっているが、オーストラリアが望んで調達する3隻を同型艦に統一したのではなく、そうせざるを得なかった可能性が高いため、この説明は話半分に聞いておくべきだ」「悲観的に言えば、これはオーストラリアがバージニア級を保有するという野望が削がれてしまったということだ。なぜなら米国が我々に提供できるのはこれだけだからだ」「逆に楽観的に見れば、AUKUS見直しをめぐる懸念にもかかわらず、この計画は依然として前進している」と述べた。
さらに軍事アナリストのマイケル・シューブリッジ氏は「米海軍は単に最新鋭で最も高性能な潜水艦を自国用に確保したいだけだ」「中古艦のブロックIVは新造艦のブロックVIIに比べて性能が劣る」「新型潜水艦は旧型潜水艦よりもメンテナンスが容易で、これは新型車が旧型車よりもメンテナンスが容易なのと同じだ」と述べ、マールズ国防相の潜水艦維持に関する主張はナンセンスだと一蹴している。
出典:Public domain
“パースのスターリング基地ではあらゆる種類のバージニア級潜水艦を維持管理できる体制を整備することになっている。我々がスターリング基地にローテーション展開させてくるバージニア級の保守を行うのであれば、潜水艦に掲げられる国旗の差で一体何の違いがあるというのか”
要するに「オーストラリアは米英の原潜展開や将来の原潜取得に向けてスターリング基地のインフラ拡張に数十億ドル規模の投資を行っている」「そのためスターリング基地の整備インフラは米海軍のバージニア級、英海軍のアスチュート級、AUKUS原潜の3種類に対応しなければならない」「米海軍が展開させてくるバージニア級にはブロックI~ブロックIVが存在し、現在建造中のブロックV、建造予定のブロックVI、ブロックVIIも加わる」「調達する3隻を中古ブロックIVに統一しようがしまいがブロックVIIまでの整備インフラはオーストラリアの資金で構築される」となる。
出典:U.S. Navy Photo by John Narewski
今回の変更はどんどん政治的な問題に発展しており、国防省高官が上院予算委員会で「オーストラリアは元々3隻の中古艦ブロックIVを希望していた」と明かしたため、今度は野党が「どうして豪州は米国から希望していない新造艦ブロックVIIを押し付けられていたのか」と疑問を呈し、与党の労働党議員まで「AUKUS協定の再交渉を検討し、今回の変更を受けて代替案の検討も必要だ」と言い出してしまう。
影の国防大臣を務めるパターソン上院議員もAUKUS協定の再交渉を求める声について「オーストラリアの象徴的な防衛政策に関して労働党内で本格的な分裂が起きている」「マールズ国防相は再交渉を求めた労働党議員を指導して労働党政権がAUKUSを100%支持していると示すべきだ」と指摘したが、AUKUSに懐疑的だった人々の不満は具体的な行動に発展し、元労働党のピーター・ギャレット氏、元国防軍司令官のクリス・バリー氏、西オーストラリア州元首相のカーメン・ローレンス氏らはクラウドファンディングで資金を集め、AUKUSが費用対効果に見合うものなのか、そもそも実現可能なのかを検証する独自の見直しを行うらしい。
出典:U.S. Navy photo by John Narewski/RELEASED
この動きには元議員、退役軍人、現役の海軍将校、弁護士、労働組合指導者などが支持を表明し、公聴会を開いて10月までに見直し結果をまとめた報告書を提出予定で、アルバネーゼ首相の報道官も「政府は潜水艦取引に対する適切な監視と透明性について歓迎する」と述べ、AUKUS級原潜を開発する英国でも「オーストラリア国内におけるAUKUS協定見直しの動き」に注目が集まっている。
これまでもアルバネーゼ政権はAUKUS協定(特に原潜取得計画)に対する不満や疑念を政治問題化する動きを度々牽制してきたが、もう取得するバージニア級原潜が中古艦なのか新造艦なのかは大した問題ではなく「3,680億豪ドルもの費用がかかるAUKUS協定=原潜取得計画は本当に必要なのか?」という政治問題化が本格化すると手に負えなくなる可能性があり、ここで計画が頓挫すれば潜水艦戦力の空白リスクが現実のものになってしまう。
出典:Royal Australian Navy
ここまできて原潜取得計画がひっくり返るようなことになれば、途中で放り出したアタック級潜水艦取得計画の二の舞いだ。
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※アイキャッチ画像の出典:BAE Systems AUKUS原潜