ソーラーセイルで太陽光が宇宙船を動かすしくみを解き明かす

かつての帆船時代には、新発見と交易を求めて帆船が全世界を航行していた。1800年代に入ると、石炭を動力源とする蒸気船が風力を置き換え始めた。そしていま、新しい帆船時代が訪れようとしている。ただし、今度の舞台は宇宙だ。歴史に逆行するかのように、一部の宇宙船ではエンジンと燃料が帆に変わるかもしれない。その帆を押すのは、風ではなく太陽光だ。

まだ考案中の域を出ないアイデアだが、理論通り動くことはわかっている。ほんの数週間前に、米航空宇宙局(NASA)は新しいテスト機の帆を揚げた。それが、「ACS3(Advanced Composite Solar Sail System)」と命名された人工衛星だ。幅9mの四角い帆をもち、それを使って軌道を修正することができる。

もちろん、実際に移動するとなれば、はるかに大きい帆が必要になる。NASAは1,650平方メートル(およそ40m四方)の帆をつくろうと試みたことがあるが、予算面で実現は不可能だとして2022年に断念している。しかし、これはあくまでも実装に伴う問題であり、人類の英知をもってすればきっと解決できるだろう。

あらかじめ明確に区別しておきたいのだが、これは屋根にソーラーパネルを積んで発電するという話とは違う。ソーラーパネルなら、多くの宇宙船や惑星探査機がすでに搭載している。そうではなく、ここで問題にしているのは超軽量の輝く帆であり、それが太陽放射を受ける。そうなると、当然こう疑問に思うだろう。光が物理的な物体を動かすことなど、はたしてできるのだろうか?

彗星の尾

もっともな疑問だ。当たり前のことだが、日の出の美しさに胸を「打たれた」という発言を聞いて、実際に胸部に打撃を受けたとは誰も思わない。だが、物体の表面で反射するときの光は、極小ながら実際に物理的な力を及ぼすのだ。

例としては、彗星の尾がわかりやすい。あの尾は、彗星が宇宙を飛ぶときにできる飛行機雲のようだと思うかもしれないが、実はそうではない。ご存じのように、彗星は言ってみれば汚れた巨大な雪玉だ。それが太陽に近づいてくると、氷の一部が気体になって塵のかたまりを放出する。その塵を太陽の光が押すことで、何百万kmも伸びる尾になる。彗星の進行方向に対して横向きに、である。

電磁波

ところで、光は波として伝搬する。言ってみれば、「変位が移動する」ような現象だ。海の波を見てみよう。水そのものは上下に動いているだけだが、その垂直方向の変位が水面上を水平方向に伝わっていく。それが確かに、水際に立つ人を押し倒すことすらある。

だが、光は海の波とも音波とも性質が異なる。海の水をすべて取り除いたら、そこに波は発生しない。音の場合も同様で、波として伝搬する媒体がないところには音波も存在しない。だから、宇宙空間は不気味なほど静かなのだ。

それに対して、光は何もない空間でも進むことができる。ある意味で、光の波はそれ自体が媒体でもあるからだ。なぜかというと、光は実際には2種類の波、すなわち電場の波と磁場の波でできているのである。それゆえ、光のことを電磁放射と呼ぶ。

携帯基地局から発信される電波も電磁波の一種であり、波長は1m~数百mの範囲だ。波長が極端に短くなると(400~700ナノメートル)、電磁(EM)波は人間の目に見えるようになり、これを可視光線という。波長がさらに短くなると、X線などになる。

だが、ここで重要な点がある。電場と磁場の成分は互いに垂直で、どちらも波の進む向きに対しても垂直だということだ。EM波が伝搬する様子をアニメーションにしてみたのが下の図だ。黄色の矢印が電場、マゼンタの矢印が磁場を表している。われながらよくできていると思うのだが、どうだろうか。

Courtesy of Rhett Allain

では、こうしたEM波が物質にどう作用するのかを確認しよう。まず注目するのは、電荷をもつ粒子、例えば陽子(正の電荷)や電子(負の電荷)に何が起こるのかだ。例えば、上向きに一定の電場(E)が存在する空間の領域を想像してみよう。

Courtesy of Rhett Allain

ここで陽子は+qクーロンの電荷をもつので、この電場はq×Eの力を電場の向きに発生させ、陽子を上向きに加速させる。一方、負の電荷をもつ電子は、力が逆向きに働くので下向きに加速する。

磁場のなかで動く電荷

それだけではなく、電荷をもつ粒子には磁場も作用する。ただし、不思議なことにそれは磁場が動いている場合に限られ、話はさらに不思議な様相を呈してくる。この磁気力の向きは、下図のFで表したように、粒子の速度(qv)に対して垂直であり、かつ磁場(B)に対しても垂直になっている。まとめると下図のようになる。

Courtesy of Rhett Allain

負の電荷をもつ粒子が逆の向きに動いている場合、正の電荷と同じ向きに磁場が発生する。いってみれば、正負の電荷が反対で、向きも逆、つまり二重の逆転のような状態になる。

興味半分で、テスラコイルとクルックス管を使って電気力と磁気力の実験装置をつくってみた。左端にあるテスラコイルが、きわめて強い電場を発生させる。閃光を発しているのが見えるだろう。それによって、管の中の電子は加速しつつ左から右へ移動する。その道筋が管の中で輝線として現れている。

Courtesy of Rhett Allain

この電子ビームに磁石のN極を近づけると、ビームは上向きに折れる(磁場に対しても電子の速度に対しても垂直になる)。これは、電子が磁場によって向きを変えられ、押されたことを示している。

Courtesy of Rhett Allain

ここまでのところを整理してみよう。電場が上を向いている瞬間はEM波が右向きに進むとする。この電場が正の電荷をもつ陽子に接触すると、その陽子は上向きに動き始める。

Courtesy of Rhett Allain

ところが、陽子は上向きに動いていて、磁場はページの外まで進み続けているので、EM波の進行方向と同じ向き、つまり右向きの力が発生する。そうなると上への移動は止まり、陽子は右に進むことになる。

陽子を、負の電荷をもつ電子に置き換えても同じようになる。電場の影響で、まずは下向きに動き始める。だが、電荷をもって動いているのでそこに磁気力が介入し、電子はやはり波と同じ方向に押される。

このように原子より小さい粒子を問題にするのはなぜかというと、あらゆる物質は陽子と電子(および電荷をもたない中性子)で構成されているからだ。そう、物質だ! つまりこれで、光が物理的な物体を動かせることを証明できたことになる。そして、それは何もかも、光が電場と磁場の両方をもつという性質に由来しているのだ。

光の力を見積もる

では、ここでどのくらいの力が発生するのだろうか。EM波における電場と磁場の力は、相互に無関係ではない。Eがわかれば、Bもわかる。そして、電場と磁場が強ければ強いほど、物質に作用する力も大きくなる。

この複合的な作用を表す手法のひとつがポインティングベクトル(S)で、これは電磁波の進行方向を指す、つまりポイントする(といっても、この名称自体の由来はジョン・ヘンリー・ポインティングという人名だ)。Sを使うと放射圧(P)を求めることができ、これが物体の表面に当たる光の、単位面積あたりの力ということになる。

Courtesy of Rhett Allain

ここで、cは光の速度(毎秒約3×108m)、Sはポインティングベクトルの平均の大きさだ。仮に、太陽光を表すポインティングベクトルの値が1平方メートルあたり1,350ワットだとすると、ここで生じる放射圧は1平方メートルあたり4.5×10-6ニュートンとなる。

この放射圧を、NASAのACS3のソーラーセール(面積約81平方メートル)に当てはめると、太陽光の力は3.6×10-4ニュートンとなる。そう、それほど極小なのだ。手のひらに置いた1粒の塩にかかる重力ほどでしかない。それでも、これは無尽蔵に利用できる無料のエネルギーなのだ!

さらに、時間の経過もあわせて考えてみるといい。太陽が輝いている限り、その力を利用し続けられるので、宇宙船は加速し続ける。宇宙空間は真空で抵抗がないので、実際には超高速に達して長距離を航行できるはずだ。

何よりも、燃料が不要になる。ロケットエンジンは化学反応を利用して後ろ向きに噴射することで推力を得る。だが、物質を噴射するには物質を持ち運ばなければならず、持ち運べる量には限界がある。だからこそ、ソーラーセールなら宇宙のはるか遠くまで行けるのではと期待がかかっているのだ。

(Originally published on wired.com, translated by Akira Takahashi/LIBER, edited by Michiaki Matsushima)

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