資産価値を吊り上げる「負債」という錬金術 金持ちだけが潤い、庶民には借金だけトリクルダウンする「格差経済」の正体
現代社会において、一国の富の正体とは一体何だろうか。 アメリカ経済を例に見ると、最も重要かつ巨大なマクロ部門は「家計」である。 この家計が保有する純資産の額は、1950年には国内総生産(GDP)の376%であったが、2021年には654%という驚異的な水準まで上昇している。 わずか70年余りで、家計の純資産はGDPの6.5倍にまで膨れ上がったのだ。 この爆発的な資産増加の主犯格は、株式と不動産である。2021年時点で、これら2つの資産カテゴリーはアメリカ家計の純資産の実に70%を占めるに至っている。
特に株式の伸びは著しく、1950年にはGDPの145%だった保有比率が、2021年には275%と過去最高を記録した。 しかし、ここで立ち止まって考える必要がある。なぜこれほどまでに資産価値が膨れ上がったのか。その背景には、1980年代に始まった「大債務爆発」がある。 土地や株式の取引を目的とした資金調達、つまり負債の累増が、これらの資産価値を押し上げ続けてきたのだ。 資産価値の上昇と負債の間には、密接な因果関係がある。筆者は、債務の累増こそが株式や不動産の評価を押し上げる最大の要因であると指摘する。
不動産を例に取れば、その価値を維持・上昇させているのは、購入者がローンを組める能力にほかならない。貸し手の与信方針が寛容になり、より多くの人がより多額の借り入れをできるようになれば、買い手が増え、価格は吊り上がる。 もし、購入資金の全額を現金で支払わなければならないとしたら、不動産市場は瞬時に崩壊し、価格は激減するだろう。 株式市場も同様の力学に支配されている。証券会社による「信用取引」という名の負債が、市場全体の価格決定に不釣り合いなほどの影響を及ぼしている。
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株式の時価総額と総債務の相関は、企業収益やGDP全体との相関よりもはるかに高い。 つまり、私たちが「富」と呼んでいるものの多くは、直接的または間接的に、債務の存在とその拡大を前提とした「マネー化された将来の収入」にすぎないのである。 債務が増えるほど資産価値が上昇するというこの「錬金術」が、現代経済の基盤となっている。 ■資産が増える上位10%と負債に喘ぐ下位60% 債務による資産形成というシステムは、決して万人に対して平等ではない。むしろ、この仕組みこそが格差拡大の自動装置として機能している。
アメリカの家計データを所得層別に分析すると、残酷な実態が浮かび上がる。所得上位10%の家計は、株式と不動産全体の約60%以上を所有している。 彼らの純資産はGDPに対して驚異的な伸びを示す一方で、負債の比率は彼らのバランスシート全体から見れば微々たるものだ。 対照的に、人口の大多数を占める下位60%の家計にとって、状況は正反対である。彼らが所有する資産は形成資産全体のわずか14%程度にすぎない。
一方で、彼らの債務対所得比率は1989年から2019年の間にほぼ倍増している。 実際、アメリカの成人の50%が400ドルの不意の出費を賄えず、5人に1人はどのような出費も支払えないと回答している統計がある。 上位層にとって債務は資産を増やすためのツールだが、下位層にとっての債務は日々のやりくりに苦しむ「死活問題」となっているのだ。 ■降りてくるのは富ではなく「借金」だった かつて、富裕層が豊かになればその恩恵が社会全体に滴り落ちるという「トリクルダウン理論」が唱えられた。
しかし、負債の経済学の視点から見れば、この理論は致命的な一点を除いて誤りであった。 「下にこぼれ落ちてきたのは資産ではなく、債務だった」のである。 例えば、政府が中低所得層へ救済小切手を送るために借り入れを行ったとする。 SAMさんのような低所得者がその資金をスーパーで消費すれば、その利益はスーパーを経営する富裕層のLAURAさんの懐に入る。LAURAさんは高収益を得て、さらに所有する自社の株価上昇という恩恵も受ける。
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一方で、SAMさんは手にした現金を使い切り、後に残るのは社会全体の債務負担と、さらに拡大した資産格差だけである。 教育や生活環境の改善を享受したとしても、債務が常にGDPより速く成長し、それが株式や不動産の価値を押し上げ続ける限り、資産を持つ者と持たざる者の格差は拡大し続ける。 トマ・ピケティが指摘した「資産収益率が成長率を上回る」現象の原動力は、まさにこの本質的かつ永久的な債務累増にあるのだ。
■格差拡大は「債務主導型経済」の避けられぬ宿命 一連の分析から導き出される結論は、現代の経済システムにおいて格差拡大は「意図せざる結果」ではなく、構造的な「必然」であるということだ。 現在の世界のような債務を基盤とする経済体制においては、国の税制を抜本的に改革するような対抗措置を講じない限り、格差の拡大は回避しえない。 金融価値の大部分が債務を前提としており、貸し手の与信方針と資産価値が直結している以上、資本を持つ者がそのレバレッジの恩恵を独占する構図は変わらないからだ。
社会にとっての真の危難は、この格差拡大そのものである。 低所得かつ高債務という二重苦に喘ぐ層のストレスが高まれば、社会の安定は揺らぎ、煽動政治家の台頭や暴動といったリスクを招くことになる。 私たちは今、債務がもたらす「繁栄」という光の裏に、解消しがたい「歪み」を抱えている。
リチャード・ヴェイグ