ファーウェイ、NVIDIA対抗の新AI半導体「Ascend 910D」 米国の対中規制下で自給目指す
中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)が、AI(人工知能)向け半導体の最新・最高性能モデル「昇騰(Ascend)910D」を開発し、近くテストを開始することが分かった。米半導体大手エヌビディア(NVIDIA)のハイエンド製品に対抗し、米国の厳しい輸出規制下で技術的自立と安定供給を目指している。米ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が関係者の話として、このほど報じた。英ロイター通信もWSJの記事を引用して伝えた。
■新チップ「910D」投入へ、NVIDIA「H100」への挑戦
WSJによると、ファーウェイはAscend 910Dの技術的な実現可能性(フィージビリティ)を検証するため、テストの実施について中国のテクノロジー企業数社に打診している。既に、最初のサンプルチップを用意できたもようだ。開発目標は、AIの学習(トレーニング)で広く利用されるエヌビディアの半導体「H100」(2022年発売)を超える性能を実現することだ。
開発の背景には、米政府による先端半導体技術の対中輸出規制の強化がある。米政府は中国の技術開発、特に軍事転用につながる進歩を警戒しており、エヌビディアの最新旗艦モデル「B200」や、発売前に輸出が禁止されたH100、ライセンスなしで中国向けに販売できる最先端品だった「H20」など、高性能AI半導体の対中輸出を厳しく制限している。
ファーウェイはこうした規制下で、国内のAI開発企業が必要とする高性能半導体を自前で安定供給することを目指している。米国の規制は、結果的にファーウェイのような中国企業に、市場拡大の機会を与えている。WSJによれば、エヌビディアの「H20」への輸出規制強化を受け、一部の中国顧客は、既存の「Ascend 910B」に加え、本格的な量産出荷が始まる「Ascend 910C」についても追加発注を検討している。ファーウェイは2025年に、これらの製品を国有通信企業や、動画投稿アプリ「TikTok」の親会社である北京字節跳動科技(バイトダンス)などに80万基以上出荷する見込みだ。
■規制下でも開発継続、中国半導体産業の強じん性
ファーウェイは米商務省の貿易制限リスト「エンティティー・リスト」に加えられているが、2023年には国産プロセッサーを搭載したハイエンドのスマートフォン「Mate 60」を発売し、米政府関係者を驚かせた。
今回の910Dの開発も、米国の制裁下でも進む中国半導体産業のレジリエンス(強じん性)を示すものだとWSJは指摘している。中国政府も国内のAI開発企業に対し、国産半導体の購入を奨励している。
■性能・量産に課題、チップ連携で活路探る
一方で、ファーウェイには課題も山積している。現行のモデルの910CはエヌビディアのH100に匹敵すると宣伝されたが、実際に使用したエンジニアからはファーウェイの性能は競合製品に及ばなかったとの声も上がっている。新半導体の910Dが目標性能を達成できるかが最初の関門となる。
さらに大きな課題は量産化だ。ファーウェイは半導体ファウンドリー(受託生産)世界最大手、台湾積体電路製造(TSMC)の先端プロセスを利用できない。中国半導体ファウンドリー最大手、中芯国際集成電路製造(SMIC)は、米政府から最先端製造装置の輸入を禁じられている。AIチップに不可欠なHBM(広帯域メモリー)などの重要部品へのアクセスも制限されている。
こうした制約を踏まえ、ファーウェイは半導体単体の性能向上だけでなく、多数の半導体を効率的に連携させてシステム全体の性能を高める戦略も重視している。2025年4月には、910Cを384基接続したコンピューティングシステム「CloudMatrix 384」を発表。調査分析会社、セミアナリシス(SemiAnalysis)は、個々のチップ性能では劣っても、システム全体で見ればエヌビディアの最新システム(Blackwellチップ72基搭載)を上回る可能性があると分析している。ただし消費電力は大きいという。
ファーウェイのAI半導体開発は、米国の厳しい規制の下で技術的自立と市場確保を目指す中国の挑戦とも見て取れる。目標性能の達成と量産化という高いハードルを越え、AI半導体市場で圧倒的なシェアを持つエヌビディアの牙城にどこまで迫れるか、その成否は今後の米中技術覇権の行方にも影響を与えそうだ。
【執筆者コメント】:
本稿では、ファーウェイによるAI半導体の最新モデル「Ascend 910D」開発の動きと、市場を独占するエヌビディアへの挑戦について報じました。この動きは、米国の厳しい対中輸出規制という背景の中で、中国がいかに技術的自立と国内サプライチェーンの確立を目指しているかを象徴していると言えます。米中技術覇権争いの現状を映し出すものの1つと考えられます。
特筆すべきは、厳しい制裁下においてもハイエンドスマートフォンを開発した実績を持つファーウェイのレジリエンス(強じん性)です。加えて、米国の規制が逆説的にファーウェイに市場機会をもたらしている可能性も指摘されています。一方で、目標とする性能の達成、そして最先端製造プロセスや重要部品へのアクセスが制限される中での量産化は、依然として大きな課題です。個々のチップ性能に加え、システム全体での連携戦略によって、どこまでエヌビディアとの差を縮められるかが、今後の焦点となりそうです。
- (本コラム記事は「JBpress」2025年5月20日号に掲載された記事を基にその後の最新情報を加えて再編集したものです)