ルッキズムという魔術―健康体型界隈の失敗から - 集英社新書プラス

昨今若者の間で広まる「界隈」という言葉。インターネット空間上を通して広まったこのフレーズは、いま若者たちのゆるい繋がりを表すものとして、注目を集めている。増殖し続ける「界隈」は、現代の文化においてどのような意味合いを持っているのか。インターネット上の若者集団をウォッチし続けてきたメディア研究者の山内萌が、さまざまな「界隈」の内実を詳らかにしていく。今回取り上げるのは「健康体系界隈」。突如としてその名が流通し、あっという間に消費し尽くされたのはなぜなのだろうか。

健康体型界隈はなぜうまくいかなかったのか

「体重が4から始まる奴とBMIが1から始まる奴は #健康体型界隈 に来ないで」

 5月末、このような文言が含まれたXのポストがバズっていた。投稿には普通体型に見える女性の写真も添付されている。言うまでもなく、「体重が4から始まる奴」は体重40キロ台を指し、「BMIが1から始まる奴」はBMI10台の人を指す。この「#健康体型界隈」のタグは瞬く間に盛り上がり、投稿に自撮りや食の話題を添えて女性の間のなかで広まっていった。

 健康体型界隈がにわかに盛り上がり始めた時、そこに希望を見出す者は少なくなかった。というのも、近年のSNSでは見るからに痩せすぎた体型の女性がもてはやされる傾向にあるからだ。特に韓国アイドルのすらっとした細身を褒める投稿は頻繁に目にする。彼女たちのダイエット法やストレッチ、筋トレ方法を紹介する投稿も多く、それらを真似して少しでも痩せてスタイルを良くしようとする努力を、多くの若い女性たちが実践している。その結果、極端に栄養の偏った食事で不健康な痩せ方をしたり、なかなか痩せられず「自分はだめだ」と自己肯定感が下がってしまう人も少なくない。

 健康体型界隈は、そんな過剰な理想と劣等感にまみれたSNS空間に突如として出現した結界だった。痩せている必要はない、好きなものを食べていてもかわいくいられる。そんなメッセージを発する健康体型界隈の投稿は、SNSのルッキズムに嫌気がさしていた人々にとってオルタナティブな価値観をもたらすように見えたのだろう。冒頭の投稿からも、痩せ型を良しとする昨今の風潮から、そうではない人々を守ろうとする気持ちがうかがえる。

 しかし結論からいえば、健康体型界隈は一週間足らずでその盛り上がりが終わり、オルタナティブたりえなかった。つまりここでもまた別の仕方で、ルッキズムが作用してしまったのだ。今回の連載では、なぜ健康体型界隈が界隈として失速してしまったのかを分析してみる。そこで明らかになることは、きっと逆説的に「界隈とは何か」という問いへのヒントを与えてくれるだろうから。

広がる「スぺ」概念

 先にも述べた通り、近年Xでは女性の体型に関する様々な情報が流れているが、その多くは痩せる方法や実際に痩せている人の写真などだ。モデル並み、いやそれ以上に痩せた体型の写真を投稿する女性のアカウントを一度は目にしたことがあるだろう。彼女たちの中にはダイエッターもいれば摂食障害を抱えている者もいる。またラウンジやキャバクラなど水商売で働く女性の場合もある。

 このような情報に囲まれた環境にいれば、誰だって痩せた体のほうが好ましいと思うだろう。欧米ではSNSに投稿される容姿に関する情報がティーンに悪影響を与えているとする研究が報告され、何度も警鐘が鳴らされている。だからといって、痩せた体型を美しいと思ってしまう認識がすぐに変わることは難しいだろう。

 そんななかに颯爽と現れ、そして瞬く間に霧消してしまったのが、冒頭に挙げた健康体型界隈なのだ。なぜ健康体型界隈が必要とされ、そしてどうしてすぐに消えていってしまったのか。この点について考えるために、まずはSNSで広く共有される痩せ信仰と数値化された身体の関係について説明する必要がある。

 夜職業界では、身長から体重を引いた数字を「スペ」(スペックの略)と呼んで女性のランクを言い表す。WHOなど公的な機関でも採用されている体格指数BMIとは異なる、俗流の基準だ。

 スペに基づいたランクとしては「スペ110」、つまり身長マイナス体重が110、というのが一つの基準となっている。例えば身長155センチでスペ110を目指すなら、体重は45キロにおさまっている必要がある。日本医師会がホームページで提供している適正体重の算出式にならうと、155センチの適正体重は52.86キロ。さらに日本肥満学会によれば、肥満の基準はBMI25以上で、18.5以上25未満は普通体重、18.5未満はやせ過ぎとなる。155センチ45キロのBMIは18.73なので、ギリギリで普通体重ということになるが、やせ過ぎとほとんど変わらない。しかしXやInstagram、TikTokで流れる数々のダイエット情報では、このくらいの体型が理想とされているのだ。

 このスペという身体の価値基準は、夜職業界だけの話ではない。困ったことに、BMIよりも単純な計算で出せることから、SNSを通じて一般の女性にも「スペ」概念が広がっているのだ。女性の身体は身長マイナス体重という数値化を経て、もっともらしく性的資本化されている。

身体の脱魔術化

 人間は古来より肉体の造形美に関心を向けてきた。ケネス・クラークによる裸体像の美術史研究は、古代ギリシアにおいて肉体の理想的な美しいバランスを求めて裸体像が造られてきたことを解き明かしている。古代ギリシア人の特筆すべき点のひとつは、美しい人体のバランスを数学的に分析することへ宗教的な情熱を向けていたことだ。彼らはアポロン神が比例法則をもった数学的な美からなる、人間のような姿だと信じていた。今ではなかなか想像しづらいが、数学と信仰は密接に結びついていた。

 科学の発展とともに、宗教や信仰と結びついていた世界の意味づけは変わった。世界は神という魔術的な意味づけではなく、科学による合理性によって理解されるようになり、マックス・ウェーバーはこのことを「脱魔術化」と呼んだ。世界は合理化によって、もはや宗教というひとつの価値によっては意味づけられず、ただ科学的分析の対象となるにすぎない。そこにどのような意味を見出すかは、各個人に委ねられてしまったのだ。

 この脱魔術化は、人間の身体にも当てはまる。私たちは肉体というものを与えられてこの世界に産み落とされる。神様から与えられた体は、科学的に見れば遺伝子の組み合わせによって生まれた、新たな生命でしかない。そんな身体の美しい比率を数学的に解き明かしたところで、それはただ親から受け継いだ遺伝的特徴でしかないのだ。

 しかし私たちは、身体を数学的に分析し、そこに何かしらの意味づけをしたい欲望から逃れられない。そう、たとえばスペ110のように。スペ概念が流行る現代は、神とは別の信仰が作用しているように思える。それが冒頭から度々登場している、ルッキズムだ。

 健康体型界隈が人々の期待したような役割を果たさなかったのも、このルッキズムという魔術のせいだ。健康体型界隈は、たしかに痩せている体が美しいという基準に対抗するものだった。しかし対抗するとは、相手と同じ土俵に立って戦うということである。この時、健康体型界隈もまた、ルッキズムの魔術から逃れられない。結局、体重やBMIといった身体を数値化する基準を採用して、その境界線を引き直したにすぎないのだ。

 さらにいえばそうやって引き直された線も見かけにすぎなかった。体重が50キロ台なら健康体型、というレトリックによって、身長との比率でいえばむしろ普通に痩せている体型の者も健康体型界隈を表明していた。身長、体重、BMI、そしてスペ。ルッキズムに裏打ちされた身体の数値化への欲望に打ち克たない限り、私たちはこの魔術にとらわれたままだ。

界隈は自虐による防衛

 界隈とはたしかに、ある共通点でつながったネット上の集団を指す。連載初回では界隈が、外側から自分たちを守る機能を果たしていることを指摘した。健康体型界隈の例を踏まえてここに付け加えるなら、界隈には自分たちが異質であることをわかった上で、それを自虐的に示すという微妙なニュアンスもあるだろう。例えば前回の連載で少し言及した「健康キャンセル界隈」は、健康を度外視してジャンクフードをドカ食いする自分たちを自虐的に呈示するニュアンスがある。

 だとするなら、このような自虐的な振る舞いは、他者から向けられる好奇のまなざしを先取りする自衛の手段と解釈することもできる。この時ポイントなのは、あくまで自衛なのであって、異質な他者を攻撃するために境界線が引かれるわけではないということだ。冒頭の投稿も、そのような意図でなされたものだと思う。

 しかしSNS全体の空気として、健康体型界隈にルッキズムへのオルタナティブを期待する人々が引いた境界線は、痩せ型の人々(カリカリ界隈とも言われる)への攻撃としても機能してしまった。そもそも健康体型という表現そのものが、「痩せすぎている人はだめ」という否定のニュアンスを含んでいる。

 古代ギリシア人から現代の私たちまで、人間は肉体の理想美を夢見ることをやめられない。それを裏打ちするのが、神への信仰であろうと、メディアが見せる美しい他者への憧れであろうと。しかしかつてと違って、理想の美しさが多様な広がりを見せつつあるのが現代だ。「界隈」の結界がもし、自虐による防衛を経て、同じ理想をともにする人々が集まり、自分たちを承認しあう同盟の機能を果たすようになるなら、ルッキズムに対抗しうる本当のオルタナティブになるのかもしれない。

参考文献荒川敏彦(2002)「脱魔術化と再魔術化【創造と排除のポリティクス】」『社会思想史研究』p49-61

一般社団法人日本肥満学会「肥満と肥満症について」https://www.jasso.or.jp/contents/wod/index.html

ケネス・クラーク[高階秀爾・佐々木英也訳](2004)『ザ・ヌード——理想的形態の研究』筑摩書房

日本医師会「身長から、自分の適正体重を知る」https://www.med.or.jp/forest/health/eat/11.html

マックス・ウェーバー[尾高邦雄訳](1980)『職業としての学問』岩波書店

山内萌

やまうちもえ メディア研究者。1992年生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。同大学院政策・メディア研究科後期博士課程修了。博士(学術)。単著「『性教育』としてのティーン雑誌──1980年代の『ポップティーン』における性特集の分析」『メディア研究』104号(2024)、「性的自撮りにみる「見せる主体」としての女性」『現代風俗学研究』20号(2020)。共著『メディアと若者文化』(新泉社)。

プラスをSNSでも

関連記事: