折りたたみスマホで話題の「パスポートサイズ」は、あなたの手のためじゃない
Galaxy Z Fold8が発売され、発表間近と噂の折りたたみiPhoneの話が出るたび、耳にするようになった言葉──パスポートサイズ。
閉じたGalaxy Z Fold8が123.9×81.9mm。噂の折りたたみiPhoneも、Bloombergは「閉じた状態でパスポートほどの大きさ、開くと小型iPadくらい」と報じています。
対して、日本のパスポートが125×88mm。確かに長辺1.1mm、短辺6.1mmの差です。エンジニアたちが試行錯誤の末にたどり着いた形が、パスポートと重なって見える。
……でも、そもそもパスポートは、なんでこのサイズなんでしょうか?
人間にとって使いやすいから? カバンやポケットにしまいやすいから? そういう利便性があって決まったのなら、「パスポートサイズっていいよね〜」と言いやすいもの。
軽い気持ちでウェブを調べはじめたのですが、見事に沼にハマりました。結論から言うと、わかりませんでした。でもせっかくなので、今日はその「わからなかった記録」を話します。
そもそもパスポートは、一枚の紙でした
まず前提から。昔のパスポートには、決まった形がありませんでした。
パスポート史の研究者であるトム・トポル氏が確認している古い例だと、1646年にブラウンシュヴァイク=リューネブルク公爵夫人が使者のヤコブに発行した1枚もの。手書き、蝋で封印、厚紙で20×32cm。もはや賞状です。
今と同じような冊子型が登場するのは1863年のドイツあたりからで、それまでは基本的に紙1枚でした。
日本も同じです。1866年(慶応2年)、江戸幕府が日本人の海外渡航の禁を解き、海外渡航文書の発給を始めます。こちらも1枚の和紙に、墨で手書き。 写真はまだないので、代わりに人相が書いてありました。面、身長、眼、鼻、口。それぞれ「高キ方」「常躰」「小キ方」といった調子で人相が書かれていますね。
ちなみに日本のパスポート第1号を受け取ったのは、幕府の要人でも豪商でもなく、曲芸師でした。隅田川浪五郎という人物で、18人の曲芸団「日本帝国一座」を率いてパリ万博へ向かうためのもので、日付は慶応2年(1866年)10月17日付。
日本が和紙に墨で人相を書いていた頃、ヨーロッパでは厚紙に手書きで蝋封をしていた。世界中が、それぞれのやり方で「紙」を発行していたのが出発点です。この頃は呼び名すら定まっていませんでした。御免の印章、旅切手、免状…書状ごとにバラバラ。
法令で「旅券」という言葉が使われるのは1878年(明治11年)の海外旅券規則から。ちなみに、この日を記念して2月20日は「旅券の日」になっています。
戦争が、パスポートをみんなのものにした
日本における「旅券」の変遷image: 外務省領事局旅券課「旅券の変遷と最近の動向問題は、その「紙」を持つ人が急激に増えたことでした。
第一次世界大戦より前、ヨーロッパ域内の移動にパスポートは基本的に不要でした。国境を越えるのは、わりと気軽な行為だったようです。ところが戦争が始まると、各国は安全保障を理由に入国管理を一気に厳格化します。それまで一部の人だけが持っていた書状を、旅行者全員が持たされるようになった。
そして戦争が終わっても、その仕組みは残りました。
ここで初めて、「書状の形がバラバラ」が現実の問題になります。国境の係官の前に、毎日、見たこともない書式の書類が次々と差し出される。書いてある項目も並び順も国ごとに違う。本物か偽物かなんて、判断のしようがない。
国際連盟はこの状況を、正常な交流の回復と世界経済の立て直しにとっての障害だ、と書いています。
バラバラでも困らなかったものが、全員が持った瞬間に困るものになった。 ここがパスポートの分岐点でした。
1920年、パリ。最初の統一規格
そこで1920年10月、パリで会議が開かれます。「パスポート・税関手続き・通し切符に関するパリ会議(Conference on Passports, Customs Formalities and Through Tickets)」という、お役所感たっぷりの集まりです。
ここで決まった統一規格が、155×105mm、32ページ。
いまより一回り大きいですね。今でいう文庫本のサイズ感です(148mm×105mm)。
最初の4ページに人相と個人情報、残りの28ページが査証(ビザ)用。表紙は厚紙で、上部に国名、中央に紋章、下部に「パスポート」と記すこと。そこまで決められていました。
ちなみにこの決議、実は日本のパスポートにも直接効いています。表紙の菊の紋章は1920年のパリ会議で「中央に紋章を置く」と決まったのを受けて、大正15年(1926年)発行の日本旅券から使われるようになったのです。国旗ではなくて紋章なのはこの理由なんですね。
つまり、パスポートは大きいところからスタートして、あとから小さくなった。ここが最初の手がかりです。
縮めた犯人は、機械でした
風向きが変わるのは第二次世界大戦を超えて、1960年代。飛行機が一気に大衆化して、空港の入国審査に人が溢れるようになった頃です。
そこで国連の専門機関ICAO(国際民間航空機関)が1968年、「Panel on Passport Cards」というチームを立ち上げました。任務はひとつ、機械が読めるパスポートをつくって入国審査を速くすること。
読み取り方式の候補は3つありました。クレジットカードの磁気ストライプ、銀行小切手で使われていた磁気文字、そして当時まだ新しかったOCR(光学文字認識)。
磁気ストライプは早々に脱落します。理由がちょっと面白くて、「本人が読めない情報を書いた書類を国民に携帯させてはならない」という法律を持つ国があったから。目に見えないデータを勝手に埋め込むな、というわけですね。
磁気文字方式はすでに旧式化していたので、消去法でOCRが残りました。顔写真ページの下にある、あの「<<<」がずらっと並んだ2行。あれがMRZ(機械読取ゾーン)です。
Photo: 長谷川賢人1行44文字、文字の間隔は2.54mm。1インチにきっかり10文字刻み。44文字ぶんで111.76mm。
そして紙の幅は125mm。これならちゃんと収まります。
で、なぜ125mmなんだ?
ここで壁にぶつかりました。
現行のICAOによる規格書「Doc 9303」を開くと、寸法の記述はこうです。「ISO/IEC 7810のTD3サイズに規定するとおり、125.00mm×88.00mm」。理由は書いていませんし、外部を参照して終わり。
じゃあISOの規格書は、と思って追いかけると、そこにあるのも寸法表だけ。「なぜその数字なのか」は、やっぱり書いていません。規格書がダメなら、決めた人の証言を探すしかない。
1975年、アメリカ旅券局からフランク・キュービック氏という技術者がICAOに派遣されます。産業工学の出身で、旅券局では手法改善の部門長。彼はのちに「機械読取旅券の父」なんて呼ばれることになります(ちなみにICAO側の担当者アルノ・ザイデルマン氏は、自分のことを「祖父」と称していたそうです。かわいい)。
ここにオーストラリア旅券局のテッド・ラドクリフ氏たちが加わり、規格の原案ができあがっていきました。
長年、この規格の編集を担当したチャールズ・チャトウィン氏が、当時を回想した文章を残しています。ただ、サイズについての記述はたった一行。
「当時のアメリカとオーストラリアのパスポートが、サイズも形式も似ていたので、それが共通の土台になった」
(The US and Australian passports were of a similar size and format so there was a common base.)
…それだけ?
それだけなんです。少なくとも、ウェブ上に公開されている資料で読めるものは、ここまでしか見つけられませんでした。
結論から言うと、パスポートのサイズが決まったのは、世界中の人の手が測られたわけでも、ポケットの深さが検討されたわけでもない。英語圏の数カ国がたまたま使っていた判型が、そのまま地球の標準になった。そう読める一行が、ぽつんと置かれているだけでした。
なお、規格書には「製本上必要なら幅88mmは大きくしてよい」という一文もあります。守らせたいのは読み取り面の配置であって、手への馴染みではない。そこは徹底しています。
余談ですが、ICAOの規格ができたのが1980年で、最初に採用したのはオーストラリア、カナダ、アメリカでした。日本のパスポートが現在のサイズになり、機械読取式になったのは1992年11月1日から。いま私たちが当たり前に持っているあの形は、平成に入ってからのものだったんですね。
ウェブで調べても調べても、行き止まりでした
規格書には理由が書いていない。ISOにも書いていない。1968年から1980年にかけての会議の議事録は、少なくともウェブ上では見つけられませんでした。
ここぞとAIにも手伝ってもらって資料を当たりましたが、たどり着いたのは当事者の回想録のあの一行だけだったんです。
ウェブで調べられることには、思ったより早く底がありました。
もちろん、まだ手は残っています。ウェブにない資料を公文書館や図書館で探したり、ICAOの機関誌を1970年代まで遡って読んでみたり、外務省や国立印刷局に知見を求めたり。
僕としても、あくまで「ウェブでは出てこなかった」というだけです。でもやっぱり、なんだか検索とAIがあればだいたいのことがわかりそうな時代に、日常的に手にするモノの寸法の理由さえ出てこないものなんだな、と…。
そういえば、サムスンは自社のニュースルームで、Galaxy Z Fold8のディスプレイ比率について、こんなふうに説明しています。
人々が一日を通して自然にコンテンツを消費する方法に基づいて設計されています。(Galaxy Z Fold8’s display ratios are designed around the way people naturally consume content throughout the day.)
それがたまたまパスポートサイズなのか、あるいはパスポートサイズ「だから」自然なのか。その理由が知りたかったんですけどね。
好きで集めていたら、第一人者になっていた人
最後にひとつだけ、明るい発見の話を。
今回いちばん頼りにした資料のうち1本は、トム・トポルさんという人が書いたものでした。冒頭にも名前を出している人で、肩書きはパスポート収集家。
1646年の手書きパスポートから、飛行船ヒンデンブルク号のスタンプが押された1枚まで集めていて、500年ぶんのパスポート史をまとめた著書もある。博物館やメディアに資料を提供し、映画やドラマの小道具制作者に時代考証を渡す仕事までしています。
「Passport-Collector.com」という本人のサイトによれば、アメリカ国務省の展示に協力して表彰も受けたそう。
世の中には古いパスポートを蒐集する人がいる。しかも、好きで集めているうちに、その分野で世界有数の書き手になっていた。すごい。どの世界にもいるんですよね、こういう人…! トム・トポルさんなら、何かご存知だったりするのかな。
パスポートサイズが妙に収まりが良いのは、持っている人なら何となくわかります。でも、あの大きさの理由を説明できない。スマホとサイズをめぐる話は、まだ続きそうです。
もし、サイズ成立の経緯をご存じの方がいらっしゃったら、ぜひ教えてください。「この資料に詳しく載ってるよ」とかでも大変ありがたいです!
Source:外務省領事局旅券課「旅券の変遷と最近の動向」, 外務省・海外渡航文書150周年, Keesing Platform, Keesing Platform, Quartz, NZ Herald, Passport-Collector.com, ICAO, Samsung Newsroom, Engadget